山田康弘『戦国時代の足利将軍』(吉川弘文館 歴史文化ライブラリー)

 応仁の乱から以後の戦国時代、足利幕府(将軍)はなぜ存続していたか?に迫る本。

 結論から言えば、大名との相互補完と相互利用の関係にあったからだと筆者は言う。
 大名の国内・国外問題に将軍の上意を利用していたこと、栄典(官職や幕府の役職等)を得るためにやはり上意を必要としていた(他家を妨害する目的で将軍に書状を出したり、面白い例が載っている)。
 また上意を利用する以上は、よほどの利害の不一致でもない限り、上意を考慮せざるを得なかったし、到底聞き入れるのが無理な上意は理屈をつけて無視をした。
 いわば、持ちつ持たれつの関係であったと。

 織田信長と足利義昭も、初めはこの相互利用・相互補完の関係であった。対立に至ったのは、かつての将軍家が細川家(管領家)に過度に頼ってしまうのを防ぐ ためにリスクヘッジとして近隣の六角氏等を頼ったのと同じように(そもそも室町幕府自体、「三管四職」と言われるように、様々な大名が支える体制であっ た)、御内書を諸大名に出しまくったのが「上意を独占」したい信長の意向と相容れないからだと指摘する。
 義昭追放後は、毛利家が後ろ盾となり、義昭は鞆に落ち着く。
 そのお陰で遠方の国から書状が毛利家に届くというように、毛利家と義昭は相互補完の関係になる。
 本書では答えてくれないのだが、なぜ信長は義昭を殺さなかったのだろう。もはや、利用価値などないと判断したからだろうか。

 それから、本書ですっぽり抜けているのが義輝(13代)のこと。
 義晴(12代)なんてマニアックな人物も出てくるのに(笑)。
 義輝も偏諱を与えたり、各大名家の調停をしたり、栄典を与えているので、信長と同じ理屈で、この場合は三好三人衆と松永久秀に殺されたということなのだろうか。
 そこに踏み込んでいないのが若干不満。

 しかし、なんとなく「権威」があればこそ生き残ってきたのだろうなという、漠然とした考えをこうやって例示されると頭がスッキリした。
 あと案外、室町幕府の威光ってあったんだなと。
 室町幕府・将軍のイメージ(無力、弱体化、傀儡等々…)が本書を読むと変わります。
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